Little AngelPretty devil
      〜ルイヒル年の差パラレル 番外編

       “散華夜陰”
 


桜の花は、その咲き始めは結構つきもよく、
多少の雨風くらいでは散ることもないという。
そうして枝いっぱいに、
綿雪のような厚みを持つまでの
花 花 花が咲き揃うのを待ち。
ときおり強くも吹きつける風に、
舞い手の扇をひらめかせる所作よろしく、
大きく小さく ゆらゆらと、
優雅に勇壮に、たわんで揺れもするほどだのに。
半月近くも経ったら今度は、
とめどなくという描写のそのままに。
降るように次々と、
薄緋の花が散り急ぐ。

 「…………。」

場末のあばら家屋敷には、
椿はあるが梅や桜には縁がない。
ちょっと前なら、
そうそうどこにでもある樹ではなかったが、
今や花と言えば桜を指すほどに、
貴族権門の間で持て囃されてもいる存在ゆえ。
どんな貧弱な代物であれ、
誰も彼もが欲しがる昨今。
臍曲がりの天の邪鬼で通っておいでのお館様は、
そんなご時勢なんだから、
わざわざ手に入れなくとも
宮中やらあちこちで目に入ろうと。
だからこそ要らないと、
鼻で笑いつつ うそぶいておいでだが。

 「…いい月だよな。」

型の古い御簾を半分上げて、
柱に凭れ、濡れ縁へ膝を立てるようにして
ただ座り込んでる姿こそ。
薄色の小袖に包んだ痩躯の白さといい、
月光に淡くけぶる金の髪といい、
夜陰に浮き上がる桜に負けぬ、
妖しい目映さを孕んでおいでで。
広間の奥向き、
几帳を巡らせた寝間から姿を現した葉柱が、
まだ月を見上げられるところまで
出て来ちゃあないのに、
そんなことを口にしたのも、
月のように、若しくは
夜陰を押さえ込むよに輝いて見える
月に照らされた夜桜のように。
夜闇が墨のように垂れ込める庭を背景に、
愛しの君がそりゃあ目映く見えたのへ、
ついのこととて、そんな言いようが口を衝いて出たのだが。

 「……。」

馬鹿なこと言ってんじゃねぇよ…なんてな、
憎まれの一つも返って来るかと思いきや。
黙ったまんま、
ちらと視線だけがわずかに上がった蛭魔であり。
ああそうかと、
葉柱の側でも そこはすぐさま思い当たるのが、

 “…いい加減、思い出さにゃあ いいのによ。”

桜の季節が妙に切ない彼なのは、
幼かった自分へ生きる術を叩き込んでくれた、
謎の誰かさんをつい思い出してしまっていたから。
それが…実はこうまで間近にいて、
とうに再会を果たしていたのだと判って以降。
焦燥するほどではなくなっているものの、
それでも切なさは変わらぬか。
風に乗ってのどこかから、
桜の花びらが庭へまで舞い込んだりする頃合いになると、
こんな風に覇気のないお顔をする彼で。
どらとすぐ間近へ、並ぶように腰を下ろせば。
しっかとした肉付きの脚、
胡座に組んで落ち着くのも
待ち切れぬとの もどかしそうに。

 「……。」

すぐにも薄い肩を凭れさせて来るのは、
人恋しさがつのってのことか。
いや俺は“人”じゃねぇしなんて、
下らない冗談口なんて利かぬまま。
細い肩を自身の懐ろ深くまでへと導いて。
冷えたらどうするかなんて誤魔化しつつ、
散り急ぐさくらのように、
居なくなってしまうのを恐れてか、
愛しい天の邪鬼さんを腕の中へと掻い込んだ、
恐持てな風貌のくせに、実は甘甘なトカゲの総帥様。
のどかな日和が落ち着く前の、
まだちょっと意地の悪い花冷えの残る中。
大手を振って暖め合える今の時期が一番好きかもなんて、
こそりと再認識していたりしたのだが。

 「…………。」

間近に寄った雄々しい胸板や、
堅いが頼もしい質感の腕へ取り巻かれ。
ほうと安堵の吐息をついた、術師の彼の側もまた。
散りどきの桜のように、
為す術なく風に攫われるのはごめんだと言わんばかり。
気に入りの胸元へと頬をつけ、
手放してくれるな…と 素直に言えないその代わり、


 「……、
  こらこら、どこへ潜り込むかな。」


葉柱のまとう漆黒の狩衣の懐ろを割ると、
ちゃっかりとそこへ身をねじ込む、
甘えるのが上手なんだか下手なんだか、
受け止める側が朴念仁だからしょうがないじゃんと。
月光に濡れる太刀の如く、妖しく息づきつつも、
その実、こそりと楽しそうに ほくそ笑んでいたりしたそうな。







  〜Fine〜  12.04.16.


  *東京の方ではそろそろ散り始めてもいる桜だそうで。
   近畿は造幣局の通り抜けが始まり、
   山の手のが満開という頃合いです。
   まだまだ何かと落ち着かない世情ですが、
   咲くもよし散るもよしの桜見て、
   和めるひととき、堪能したいものですね。


 めーるふぉーむvv  
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